
転院
着替えを済ませると先生の部屋に行った。「残念だったね…」と先生が言った。“死んでいる”とか“亡くなっている”とかいうはっきりした表現はされなかった。だからなのか受け入れたくないだけなのかまだ信じ切れていない自分がいる。そして必死に冷静になろうとしていた。
「もう一度待合室で待っていただけますか?後でもう一度呼びますね」
と看護師さんに言われ、待合室への扉を開けると健診の順番を待っている人たちでいっぱいだった。毎回幸せな気持ちで順番を待っていた見慣れた待合室が、この幸せであふれている待合室が、一気に辛い景色に変わった。旦那さんと楽しそうに笑いながら話している人たち…ほんの数分まで私もあちら側だった。でも今は違う。あの人たちは天国、私は地獄にいる。
この場を離れたかった私は夫の顔をまだ見ることが出来ないまま「トイレいってくるね」と行きたくもないトイレに行った。1人になった瞬間初めて涙があふれてきた。夫に心配をかけたくないし、長男に涙を見せたくない。必死に涙を止めて戻った。
長男を抱っこした夫が口を開いた。
「先生は何て…?」
声を振り絞って答えた。
「心臓動いてないって…」
自分の口から次男の死の事実を告げたことで、我慢していたはずの涙がまた溢れてきた。その様子を見た夫はそれ以上聞き返すことなく再び先生に呼ばれるまで背中をさすってくれていた。周りにいるたくさんの幸せな妊婦さんたちに泣いているのを見られたくなかった。温度差があまりにもありすぎて一刻も早く立ち去りたかった。
もう一度診察室に入った。連携をとっている近くの総合病院への連絡や手配をしてくれていたようで、このまますぐに向かうようにと言われた。
「今回は残念だったね。でも今から赤ちゃんを出してあげないといけない。お母さん、大変だけどがんばってね。」
そう言って先生は私の手を握った。また涙が出てきた。先生はもう一度力を込めて握りなおした。